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金スマ・・・だっけ?金曜日九時からやってるやつで、先週から引き続き、仮谷崎省吾(華道家)さんの自宅が紹介されている番組を見ています。
それが、鏡の間とか金ぴかの広間とか、大ホールとかがあって、すごいのなんの。これぞ、ブルジョア。もうベルサイユ宮殿みたい。総工費15億円らしいです。
華道家がそんなに稼げるものなんですね~~。。しかし確かに、仮谷崎さんの表現するお華の世界は、一応高校時代華道部に所属していたとは言え、華の世界に関してほぼ無知の私でさえ、極上のセンスと独自性を感じます。。
なのに、彼の家についての趣味については アイキャントアンダスタンド。
調度品の一つ一つの組み合わせについてはさすが天才、上手く一つの世界を作り上げています。しかし、そもそも家をベルサイユ調・金色をベースにするということは、金銭的にも才能的にも凡人な私には理解できませんでした。
だって、住みずらそう・・・。
しかし、まあ、天才だからこそあのように徹底させて自分の理想を貫き通すことができるのでしょうねえ。そして、天才だからこそああいう感覚があるのでしょうか。
いや~、凄いです。
→凡人には到底真似も創造もできないものだけれども、一旦提示されれば人々を脱帽させてしまう。このように、凄い!と人々に思わせると言うこと、つまり超越性と凡人の理解可能性を兼ね揃えながらも、上手くバランスを取ることができるのが、当人が生きている間に成功出来る「天才」と言うものなのでしょうか。
それにしても、天才は得ですね。もしもこれが、グッドウィル社長とかの家だったら、日雇い労働者からの搾取の結果とか、格差社会とか、非難轟々でしょう。悪趣味の極みとまでいわれそうです。
・・・・と考えると、「凡人の理解可能性」というものには、主観的要素もかなり入っていそうです。う~ん、難しいです。。
誰だかが、「太宰治があれほど評価されているのには、彼の写真中の物思いに耽るようなアンニュイな表情のイメージも大きいであろう。」みたいなこと言っていましたが、一理あるかもですね。。
関係ないんですけど、仮谷崎さんの家は確か渋谷にあるとかテレビで言っていました。
渋谷と言えば、このまえスタジオパークに行って、ムッシュかまやつを見てきました。イエーイ。